フチドリ
ダイアグラム、研究論文
描画思考の観点から分析する漫才のツッコミ
Fuchidori “Tsukkomi” to think from the perspective of drawing
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1. 千原ジュニアのラジオでの発言
「ひとつの笑いがある、これをフチ取りすることによって、より引き立たせるっていうのがツッコミだよね。」
お笑い芸人・千原ジュニアは、自身のラジオ(*1)で「(お笑いにおける)ツッコミとは何か?」というリスナーからの質問にこのように答えている。続けて、その具体例を次のように述べた。
「たとえば、俺とタケト(*2)が喫茶店に行きました。それで『俺はホットコーヒーで、タケトは水道水でエエな?』と。いわゆるオーソドックスな一番手前にあるのが『何でだよ』とか、『何でやねん』やん。でも、それが笑いにならへんやん。『東京の水道水は美味しいからね』って言う方が、笑いになるやん。これが、ツッコミやねん。志の問題かもわからん(笑)笑いに向かってるか、向かってないかという」
ひとつのボケに対してツッコミはいくつも考えることができる。その中で、笑いになる/ならないの違いを《志》の一言で判断することは素人目には難しい。
ここで再び冒頭の千原の発言に注目する。この中で、ツッコミを具体的に説明するきっかけとなるのが【フチ取り】という言葉である。一般的にフチ取りとは、ものの縁に補強・装飾を施すことを指し、絵を描くときにもよく使う言葉だ。描画でのフチ取りは、モチーフの色・形の境目を表現することだが、それには様々な考え方がある。
そこで本研究では、【フチ取り】をキーワードに、描画的な思考を用いて、誰もが理解できるツッコミの法則を探る。なお、お笑いひとつとっても演芸やテレビ番組など多くの媒体が存在する。本研究では規則的なのルールを見つけることが目的であるため、端的にまとまっており熟考された言葉であることが重要と考え、漫才を研究の軸とする。
2. 先行研究とフチ取りの関係
これまでにも、様々な観点から漫才の研究が行われてきた。その中でも、お笑い研究の第一人者である安部達雄は、ツッコミのセリフが観客に与える機能という観点から、ツッコミは〈情報非付加〉と〈情報付加〉のふたつに分けることができるとしている(*3)。
例えば「俺はホットコーヒーで、タケトは水道水でエエな?」というボケに、「何でだよ」「何でやねん」とツッコむことは、観客への注意喚起のマーカーとなるが、それ以上観客に与える情報はないため〈情報非付加〉となる。一方で、「東京の水道水は美味しいからね」とツッコむと、水道水をキーワードに、さらに東京の水道水と踏み込んで発展させているため〈情報付加〉となる。つまり、千原ジュニアのいうツッコミの【フチ取り】とは、安部達雄の〈情報付加〉を指していると考えることができる(図-A)。
3. ツッコミのフチ取りを描画的思考で分類する
ツッコミのフチ取りを分析するにあたり、まず「なにをフチ取るのか?」「どのようにフチ取るのか?」のふたつの視点に分けることにする。さらにこれらをそれぞれ描画的思考に絡めて分類することにより、「なにを~」×「どのように~」の組み合わせでツッコミを規則的なルールに当てはめることができると考える。
3.1. なにをフチ取るか?
有名な絵画であるムンクの『叫び』は、橋/橋の上を歩く歩行者/川/夕焼けといった要素で画面が構成されているが、やはりもっとも視線がいくのは、両耳に手を当てている男である。このように、絵には作者が鑑賞者に注目してほしいポイントが存在する。
漫才でも同様に、会話の掛け合いの中で観客に注目してほしい笑いのポイントが存在し、観客の意識がそこに向くよう仕向けるのがツッコミの役割である。例えば、ボケが童話『桃太郎』に関連した笑いをつくるとき、桃から生まれた男の子/鬼退治をする/3匹の動物など、そこから連想される要素を抽出しツッコむ。
漫才は大衆演芸のため、フチ取りで笑いを生むにはこの要素が一般的に広く認知されている必要がある。様々な漫才をみていくと、ツッコミが抽出する要素は【動】【場】【姿】【成】【思】【語】【音】の7つに分類することができる。
(以下、例として取り上げる漫才は、童話『桃太郎』をテーマにしたオリジナルネタである。)
3.1.1. ツッコミが抽出する要素:【動】
フチ取りの対象(=ボケのセリフ)の動作に注目するものを指す。
(例)
ボケ:おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へラフティングに行きました。
ツッコミ:ラフティングって、でっかいゴムボートで川下るやつ?
上の例では、ボケの「ラフィティング」に対し、「大きいゴムボートで川を下る」というラフティングならではの動作でフチ取りしている。このとき、観客はその様子を頭の中でイメージしながら漫才を観ている。
3.1.2. ツッコミが抽出する要素:【場】
対象とその周囲の関係から成り立つ状況や場面のことをいう。
(例)
ボケ:桃太郎たちが村へ宝を持ち帰ると、そこには旗を振って喜ぶ人、横断幕を掲げる人、ねぎらいの声をかける人など大勢の村人が待っていました。
ツッコミ:オリンピック選手が帰国したときの空港みたいだな。
「桃太郎が村へ戻ったとき」と「オリンピック選手が帰国したとき」の状況の類似性を指摘している。【動】と同様、ここでも観客は漫才師のセリフからその状況を頭の中でイメージすることが可能だ。
3.1.3. ツッコミが抽出する要素:【姿】
人間の顔の特徴や動物の模様のように、フチ取りの対象自身が持つ視覚的特徴のこと。
(例)
ボケ「すくすく育った桃太郎は、身長178センチ、体重100キロの大きな男の子になりました。」
ツッコミ「でかい。柔道でインターハイ目指してる?」
「大きく育った桃太郎」を「柔道をしている男子高校生」に例えてツッコんでいる。【姿】では、基本的に対象とっていつまでも変わらない特徴のことをいう。
3.1.4. ツッコミが抽出する要素:【成】
対象と対象外の関係やその成り立ちを表す。
(例)
ボケ「鬼から奪い返した宝を分ける際、人間と動物の上下関係があらわになりました。」
ツッコミ「桃太郎が7割で、イヌ、サル、キジが1割だけみたいなかんじ?このご時世、動物にももっと優しくしないと。」
この場合、ボケが「(人間と動物の)上下関係」という関係性を提示し、ツッコミがその例をあげてフチ取りをしている。このとき、◯◯関係の◯◯には可視化できない言葉が入る。そのため、対象とその他の関係という意味では【場】に類似するが性質は異なる。
3.1.5. ツッコミが抽出する要素:【思】
対象自身が持つ思考や考え方、またそれに対する周囲の印象や評価のことを指す。
(例)
ボケ「桃太郎たちが歩いていると、向こうからカニがやってきました。『桃太郎さん、鬼退治のお供は絶対に行きませんが、きびだんごをひとつください。』」
ツッコミ「わがままなカニが来た!」
「自分勝手な意見を述べるカニ」(ボケ)を、ツッコミは「わがまま」であると評価している。【思】では、ツッコミのセリフが観客が対象に持つ印象を代弁しているともいえる。
3.1.6. ツッコミが抽出する要素:【語】
専門用語や単位など、ある条件でのみ特別に使われる言葉のこと。
(例)
ボケ「そのころ、山の麓の村では、なまはげが頻繁に出没していました。」
ツッコミ「『悪い子はいねぇかぁ!』っていうあれ?鬼ヶ島の鬼とは別人じゃないかな」
この例では、ボケの「なまはげ」に対して、「悪い子はいねぇかぁ!」となまはげ定番のセリフでツッコミをすることでフチ取りしている。
3.1.7. ツッコミが抽出する要素:【音】
擬音、韻、メロディ、リズム、言い間違いなど聴覚から得られる情報のことを指す。
(例)
ボケ「おばあさんが川で洗濯をしていると、川上からコンスタント、コンスタントと大きな桃が流れてきました」
ツッコミ「ドンブラコ、ドンブラコだよね?」
ここでは、ボケの「コンスタント」が、類似した韻の言い間違いであると判断し「ドンブラコ」と訂正している。
3.2. 描画と漫才の表現範囲
ここまでに登場した「なにをフチ取るか?」の7つの分類について、「イメージの可視化ができるか」「時間軸があるか」のふたつの観点で図示した(図-B)。
絵画は物体の形象を表現する視覚的媒体であり、平面作品のため画面の中に時間軸が存在しない(ことがほとんどである)。一方で、漫才は主に音声(会話)を駆使した演芸であり、言葉遊びのような聴覚で楽しむ表現や、時間の概念を取り入れることができる。そのため、漫才は描画に比べて、より多くの角度から対象をフチ取りすることが可能だといえる。
3.3. どのようにフチ取るか?
お笑いコンビ・銀シャリのツッコミである橋本直は、ラジオ(*4)で「ツッコミはボケありきで存在するものだ」と述べている。つまり、ツッコミはそれ単体で成立するものではなく、【ボケ→ツッコミ】の関係により成り立つということである。ボケに対してどのようにツッコむかが重要であり、これがフチ取りとなる。
描画では、キャンパス上にどのようにモチーフを描くかが大きなポイントとなる。
絵には二次元的表現(イラストやアニメ等)と三次元的表現(デッサン等)、ふたつの表現方法が存在する。二次元的表現の手法は線となるが、その線には【概念を表す】と【輪郭を表す】のふたつの考え方がある。一方、三次元的表現では、隣り合ったベクトルの違う面を色で書き分ける【境界を表す】という考え方で描く。
漫才のツッコミにおけるフチ取りも、【概念を表す】【輪郭を表す】【境界を表す】の3つの考え方になぞらえて、以下のように置き換えることができる。
3.3.1.【概念を表す】=ツッコミ∈ボケ
【概念を表す】は、モチーフ全体(=輪郭)に対し、その中にあるパーツの色や形の境目を描くことでモチーフの詳細を表す。
これを漫才に置き換えると、ツッコミのセリフがボケのセリフの一要素、つまりツッコミ∈ボケということができる(図-C)。
(例)
ボケ「そのころ、山の麓の村では、なまはげが頻繁に出没していました。」
ツッコミ「『悪い子はいねぇかぁ!』っていうあれ?鬼ヶ島の鬼とは別人じゃないかな」
これは先ほど登場した例である(3.1.6.ツッコミが抽出する要素:【語】)。ボケが「なまはげ」という全体の事象を述べ、それに対してツッコミがその定番のセリフ「悪い子はいねぇかぁ!」となまはげの詳細について説明している。このとき、ボケのセリフだけでは観客が注目する範囲が広すぎるため、笑いが起こりにくい。そこでツッコミが詳細を説明し、観客が笑うべきポイントへと誘導している。
この例では【語】をフチ取っているが、【思】であれば「怖い」のように言い換えることもできる。
3.3.2.【輪郭を表す】=ツッコミ∋ボケ
これは【概念を表す】とは逆の考え方である。モチーフの詳細に対し、モチーフとそれ以外の境目に線を引くことで全体像を表現する。
漫才ではボケのセリフがツッコミのセリフの一要素、つまりツッコミ∋ボケとなる(図-D)
(例)
ボケ「一行が歩いていると、桃太郎の後ろかで、『ワンワン!』『キーキー!』『ケンケン!』と騒がしい音が聞こえてきました」
ツッコミ「絶対動物たち喧嘩してるよ」
この例では、「動物たちの騒がしい鳴き声」というボケに、それは「喧嘩」であるとツッコんでいる。【輪郭を表す】では、ボケがある事象の詳細のみを述べるため、観客にその意味が十分に伝わらないことがある。ツッコミが事象全体について説明することで、観客はその意味を理解し、イメージを広げることで笑いが生まれる。
3.3.3.【境界を表す】=ツッコミ∩ボケ
【境界を表す】は、ベクトルの違う隣り合った面をそれぞれ色で描き分けることで、面同士が接する部分(=モチーフの中の色や形の境目)を間接的に表現するということである。デッサン用語ではこの考え方を稜線と呼ぶ。
漫才に置き換えると、ボケとツッコミのセリフに共通項がある、つまりツッコミ∩ボケといえる(図-E)。
(例)
ボケ「旅の途中、お腹が空いた桃太郎たちはりんごの木を見つけます。キジの上にイヌ、サル、桃太郎の順番で乗り、高いところのりんごを取ろうとしました。」
ツッコミ「人口ピラミッドくらい不安定」
「小さい動物の上に大きい動物が乗ってりんごを取る」というボケに対して、「人口ピラミッド」というツッコミは、パッと聞いただけではその関係がわからない。しかし、ふたつは「上に行くにつれて大きくなる」という構造の類似があり、観客自身がそれに気づくことで笑いが生まれる。共通項の発見が難解な場合は、ツッコミによって補足説明が入ることもある。
3.4. 観客へのツッコミの役割
ここで、図-C~Eからボケとツッコミの関係を比べる。その図形からは【概念を表す】と【輪郭を表す】は類似しており、【境界を表す】はまた別の考え方として存在しているようにみえる。
しかし、観客に与える影響の違いという観点から見比べるとその性質は異なる
【概念を表す】でのツッコミの役割は〈集中への補佐〉である。ツッコミにより観客のイメージは大→小へと絞られ、笑いのポイントに注意を向ける。
一方、【輪郭を表す】【境界を表す】でのツッコミは〈発見への補佐〉の役割を担っている。観客はツッコミのセリフで全体を把握し笑いのポイントに気づく。さらに、【輪郭を表す】はそのままの言葉で表現する〈直接的発見への補佐〉、【境界を表す】は他のものに例える〈間接的発見への補佐〉となる。
4. まとめ
ここまで、「なにをフチ取るのか?」は7種類、「どのようにフチ取るか?」は3種類に分類できることをオリジナル漫才を例に挙げながらみてきた。つまり、このふたつの視点を組み合わせれば、ツッコミのフチ取りは7×3=21パターンに分類することができるといえる。
ただ、実際の漫才師のネタをこれらのパターンに当てはめると、上手く該当しない場合がある。これは観客の見方によって受け取り方が異なり、【動】とも【場】ともいえる、【概念を表す】とも【輪郭を表す】ともいえるといったことが起こるためである。
5. 作品について
これまでのお笑い研究は、論文や書籍での発表がほとんどであった。しかし、笑いという誰にとっても身近なものを、専門的な難しい文章で解説することはいささかズレが生じているように思う。そこで本研究では分析結果をダイアグラム作品として表現した。このダイアグラムは、フチ取りの21パターンをオリジナル漫才を使って解説している。イラストを用いて図示することで、とっかかりやすい大衆に開かれた研究にすることが狙いである。
※1 『千原ジュニアのRPM GO!GO!』(ニッポン放送、2015年12月26日放送)
※2 ラジオの出演者。お笑い芸人。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。元お笑いトリオ・Bコースのメンバー。
※3 安部達雄「漫才における『ツッコミ』の類型とその表現効果」『国語学研究と資料 28巻』国語学研究と資料の会、2005年、48~60ページ
※4 『三四郎のオールナイトニッポン0』(ニッポン放送、2017年4月21日放送)
参考資料
・「千原ジュニアが力説した『ツッコミ』と『注意』の違い」東スポWeb、2018年4月7日更新(最終閲覧日:2019年2月20日)
https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/969772/
・「デッサンで輪郭線とは立体のピークを表す線」デッサン・ラボトリー、(最終閲覧日:2019年2月23日)
2019
サイズ可変